ベクトルグループ傘下のPR会社、アンティルで経営企画とAI/デジタル推進を担当している中野晋太郎です。
アンティルでは、2023年から社内のAI活用を推進してきました。3年経った現在、約150名の組織でGeminiを毎日1回以上使っている社員の割合が9割を超えています。会社で付与しているGeminiのログで計測した数字で、ベクトルグループ内で1位です。ChatGPTやClaudeを活用している人もいるので、実際のAI活用率はもっと高いと思っています。
ここまで来るのに3年かかりました。順調だったかというと全くそんなことはなくて、むしろ失敗と抵抗の連続でした。同じようにAI導入を推進する立場の方に、何かしら参考になればと思い、これまでの道のりを振り返ってみます。PR業界に限らず、企業でAI活用を推進している方に読んで頂きたいです。
前提として
一つ先に書いておきたいのですが、自分の本来の業務はAI推進ではありません。人事・組織開発と経営企画、それからクライアントへのPRコンサルティングが本業です。AI推進は会社から言われたミッションではなく、評価対象にもなっていませんでした。
自分がやりたかったから、自分の仕事を100やった上で、プラスの50としてやっていました。(決して誇れる話ではないですが)
これが結果的に良かったのか悪かったのかは、後で書きます。
GPT-4に感動して、すぐ動いた
2023年、ChatGPT-4を初めて触ったとき、「プレスリリースを作ってみて」と依頼したら数分でそれっぽい文章が出てきました。AIがこちらの呼びかけに答えてタスクを処理してくれる初めての感覚を、今でも鮮明に覚えています。
感激するのと同時に、「これはまずい」と感じました。この技術が普及したら、PRコンテンツを制作すること自体の価値が下がっていく。定型業務を人手でやっている状態のままのPR会社は、存在意義を問われることになります。
危機感に突き動かされて、すぐにAI利用のガイドラインを作って社内に展開しました。有料アカウントも用意した。これで皆使い始めるだろう、と。
誰も使ってくれない
有料アカウントを用意しても、ログインすらしない人がほとんどでした。
部長会で「AI導入を進めたい」と説明したら、「勝手によくわからないことを進めるな」と現場の部長から反対されました。理由は「生成AIをクライアントワークに利用するのは問題になるのでは」。おっしゃる通りです。が、他社に先駆けて決められたルールの中で使い始めないと遅れてしまう。
2024年には、ある程度AIも一般的になってきたため、局長合宿で「AIでプレスリリースを書こう」と提案しました。もっとひどかった。「社員が育たなくなるやろ」「AIでリリース書くって、PRパーソンとしてのプライドないんですか(笑)」と年下の局長達に馬鹿にされました。あの時の悔しさは一生忘れないと思います。
とはいえ、今振り返ると自分の伝え方にも問題があった。自分はAIの最先端に触れているし実践もしているから、遠くない未来にAIが当たり前になって人間の仕事の大半が代替されるのは目に見えていました。だから切迫感を持ってAI活用を叫んでいたのですが、AIを普段活用していない人にその切迫感は伝わらない。「よくわからないけど急に騒いでいる人」に見えていたのだと思います。これは素直に反省です。
プロンプトを展開してみた
アカウントを配るだけではダメだと悟って、次はプロンプトを作って展開しました。クリッピングレポート用、議事録整理用、企画書のたたき台用。使えばすぐに成果が出るように、業務に直結するものを用意しました。
続々と社内から反応が返ってきたのですが、期待したものとは違いました。「精度が低い」「使い物にならない」。
たしかに当時のAIの出力は完璧ではありませんでした。ただ、たたき台を作ってくれるだけでも十分価値があるのに、「完璧でなければ意味がない」という基準で判断されてしまう。ゼロから書くのと、たたき台を直すのでは作業時間が全然違うのですが、そこが伝わらなかった。
結果、また誰も使ってくれなくなりました。
「私AI使いこなしてます」と反論される
ある時、「AIもっと使っていきましょう」と社内に呼びかけたら、とある社員の方に「私使いこなしてます。翻訳とか毎日してるし。馬鹿にしないでください。」とキレられたことがあります。
AIを使ってスキルを上げていこうという話をしたかったのですが、翻訳に使っているだけで「使えている」という認識だった。自分の中では翻訳はAI活用のほんの入り口で、企画立案やデータ分析やコンテンツ生成まで広げていきたかったのですが、そもそもゴールの認識が共有できていなかった。毎日AIの最新ニュースで危機感を煽っていたつもりになっていた。またまた大反省です。
「AI活用」という言葉が指す範囲が、人によって全然違う。自分の見えている景色を前提に話しても噛み合わないんですよね。PRパーソンとしてもこれは汚点でした。
3人から始めたプロジェクト
2024年、一人で声を上げ続けるのに限界を感じて、社内でAIに興味がある人間を集めてプロジェクトを立ち上げました。大々的に全社でアナウンスして、協力してくれそうな社員に声をかけたのですが、130人の組織で集まったのは3人でした。
少ないと思われるかもしれませんが、自分含めて4人でも「チーム」になったのは大きかった。それまでは自分一人で提案して、一人で反発を受けて、一人で修正して、という繰り返しだったので、一緒にAIのことを議論する時間は楽しくて、もっと頑張ろうと思うことができました。当時一緒にやってくれた3人は、今でも最先端のAIを活用し、全社のDXに貢献してくれています。
少し話は変わりますが、メルカリでAI推進を担当しているハヤカワ五味さんが、宣伝会議の連載で「AI推進担当者が背負いがちな孤独やリスク」をテーマに書いていらっしゃいました。彼女のnoteでも「半年で数回心が折れそうになり、何度か辞めようと思った」と書かれていた。日本を代表するテックカンパニーであるメルカリですらこうなので、150人のPR会社がAI推進に苦戦するのは当然かもしれません。
3人で分担して、部署ごとにAIの勉強会を開いたり、成功事例を社内で共有したりしました。少しずつ参加してくれる人が増えていって、「これAIで出来ないですかね」そんな相談も増えてきたのが2024年です。
ツールの壁
社内展開でもう一つ苦労したのが、ツールの問題です。
この頃には既に7Dメソッドの前身となるPRフレームワークを構築していたのですが、GPTsにして展開したら「うちはGeminiを使えって言われてるんだけど、Geminiで出せないの?」と言われました。会社として契約しているのがGeminiだから、GPTベースのツールを使うのに抵抗がある。気持ちはわかるのですが、当時のGeminiではGPTsのような仕組みが作れなかった。
PRaiの構想もこの頃からありましたが、予算の承認がおりませんでした。正式な開発はできないので、自分でGASを組んだり、PRメソッドのPDFをAIに読み込ませてプロンプトを実行したりと、手弁当でやりくりしていました。とてもシステムとは呼べない代物です。
2025年に満を持して7Dメソッドを作っても、最初はあまり使われなかった。「面白い仕組みだね」とは言ってもらえるけれど、日々の業務に組み込まれるまでには至らない。業務変革というものは、とてつもなく難しいなと感じる日々を過ごしていたのを今でも思い出します。
変わり始めたきっかけ
何か一つの出来事で変わったわけではありません。自分がやり続けたことと、世の中の空気が変わったことの両方です。
2025年は一人一人にレクチャーして、プロンプトを展開して、勉強会をやって、時には自分でAIエージェントを構築して配布して、休日返上でGASの勉強をして。加えて、自分よりもシステムやAIに詳しい人材がたまたま入社してきて、たまたまその社員が手伝ってくれて(今はアンティルのチーフエンジニア)、たまたま意気投合してPRaiの構想を実現することができた。
その間にAIの性能が徐々に上がって、世の中的にもAIを使うことが当たり前の空気になっていきました。
追い風が吹いたのは間違いありません。ただ、追い風が吹く前に種を撒いていたから、風が吹いたときに一気に芽が出た、という感覚です。撒いていなかったら、風が吹いても何も起きなかったと思います。
兼任だったから続けられた
3年間を振り返って、一つ思うことがあります。AI推進が本業ではなく、評価対象にもなっていなかったことが、逆に良かったのかもしれない。
人事や経営企画の仕事はそれなりにうまくいっていましたし、クライアントのPRコンサルティングもワークしていた。その上で、評価されない+50としてAI推進をやっていたので、AI推進の方面で四面楚歌でキレられ馬鹿にされても、本業では成果が出ている。このバランスがなかったら、たぶん心が折れていたと思います。
ハヤカワ五味さんはメルカリにAI推進の専任として入社しています。「生成AI頑張るぞ担当」という肩書きで、それがミッション。うまくいかなかったときに逃げ場がない。実際に「AI推進チームを解散させたほうがいいのでは」という話が社内で出たこともあったそうです。専任の辛さだと思います。
一方で、兼任のリスクは「本業に逃げて推進が止まる」ことです。自分の場合はAIの可能性に対する確信と、PR業界に対する危機意識の2つがあったので、本業に逃げることはなかった。でも、そのモチベーションがない兼任担当者だったら、普通に止まっていたと思います。
DXやAI推進の担当を決めるとき、「専任を置くべきか、兼任でいいか」という議論がよくあります。自分の経験から言えるのは、どちらがいいかは人によるということです。本業で信頼のベースラインがある人間が兼任でやるほうが、組織の中で話を聞いてもらいやすい面はある。ただ、その人がAI推進にどれだけ本気かは別の話なので、一概には言えません。
一つだけ確かなのは、「この人を孤独にしてはいけない」ということです。専任でも兼任でも。最初は3人でもいいから、チームにする。一人で全部背負わせると、どんなに本気の人でもいつか折れます。
自分が折れなかったのは、折れる前に一緒に走ってくれる仲間を見つける幸運に恵まれただけ、そう思っています。
AI活用率9割の先にあること
社内のAI活用率が9割を超えたことは、素直に誇らしいと思っています。
ただ、これはゴールではなくスタートです。「AIを使っている」と「AIで成果を出している」は全く別の話で、今はまだ前者の段階。ここから、AI活用がPR業務の質と成果にどうつながるかを証明していく必要があります。
同じようにAI導入を推進していて、抵抗にあっている方がいたら伝えたいのは、「使ってくれない」は普通です。メルカリでも苦戦していたんですから。最初から理解される方が珍しい。でも、一人ずつ、具体的な成功体験を作っていくしかない。地味ですが、それが一番確実でしたし、それが仲間を増やすことにつながりました。
何か参考になることがあれば嬉しいです。質問やフィードバック、大歓迎です。
※ この記事はnoteに掲載された記事を転載したものです。